授業内容の補足・推薦図書の追加・言語学よもやま話など


by jjhhori

音声学

冒頭に「言語の研究者がプロであるか,アマであるかのメルクマールが音声学の知識である」とありますが,これはまさにその通りです.音声学を習得せずして言語学をやろうというのは,図面の見方を知らずして大工さんになろうというのに等しいことです.

勿論,音声学は言語学徒だけでなく,言語教育に携わる人たち(日本語教育,国語教育,英語教育,その他外国語教育),言語療法士,果ては俳優を志す人にとっても必須の学科です.それ以外の人であっても,例えば,新しい外国語を勉強する際に,音声学の知識があれば,「ウをいいながらイといえ」などと訳の分からない説明にも,「あー,[y]の音か」と,たちどころに目ざすべき発音が分かるという利点があります.ちなみに,「音」は,言語学では「おん」と読み,「オト」とは区別します(細かいようですが,「おん」と読むか,「おと」と読むかで,その人がちゃんと言語学を勉強したかどうかがすぐにばれてしまいます).

音声学の入門書で,しかも良書となると,実に限られていて,テキストにあげられているものぐらいしか,私も思い浮かびません(残念ながら).最近では,音響工学,情報工学,医学などの助けをかりて,音声学がかなりの進歩を示しているのに,従来の知識を踏まえて,その最新の成果を盛り込んだ入門書がないのは不思議です.

そんな中でもあえて以下の2点を付け加えておきますので,興味がある人は手にとってみてください(いずれも入手可).

中川裕「フィールドワークのための音声学」,宮岡伯人編『言語人類学を学ぶ人のために』(1996年,世界思想社).

これは,フィールドワークの現場における音声観察の方法を平易に説いたものです.筆者の中川先生は,アフリカのコイサン諸語の記述研究に携わり,如何なる言語音も聞き分け,発音し分けるという伝説をもった,とても優れた音声学者です(勿論,ご存命です.念のため).そこにあげられている参考文献から更に音声学の世界へといくのもいいでしょう.尚,その本に収められている他の章も優れたものばかりで,似たようなタイトルの某書とは格段に違います(笑).

授業で,国際音声学協会所定の国際音声字母について簡単に説明しましたが,その際,これらの記号を使って,世界中のありとあらゆる言語音が記述できるわけではないといいました.そのため,国際音声字母で表記し得ない音を表わすために,国際音声字母以外の様々な記号を用いることがあります.また,いろいろな言語の記述を読んでいると,国際音声字母とは違った記号の使い方に出くわすことがあります.そういった様々な音声記号や,異なった用法を一覧にして示したのが,

プラム,ジェフリー・K/ラデュサー,ウィリアム・A,土田滋・福井玲・中川裕(訳)『世界音声記号辞典』(2003年,三省堂).

です.「へぇー,こんな記号(発音)があるんかい」という驚きを与える本であると同時に,「この音を表わすにはどんな記号を用いるんだべ」と思った時に役に立つ本です.音声学マニアにはたまらん1冊です.

それから,英語で書かれた良書を最後に1冊だけあげておきます.

Catford, John C. 2001. A practical introduction to phonetics (second edition). Oxford University Press.

これは,そのタイトル通りに,1つ1つの音が実際に自分で発音できるようになるための訓練の仕方を説いたものです.勿論,この本は,日本語で書かれた入門書を読んで,十分な知識を蓄えてから読むべきであって,これから入るのは,喩えていえば,スキーの初歩もできていない人がいきなりジャンプ台に行くようなものです(笑).

まずは,身の回りの人たちの発音を観察し,それが自分とどう違うかを考えてみましょう.
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by jjhhori | 2004-05-12 10:55 | テキスト