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授業内容の補足・推薦図書の追加・言語学よもやま話など


by jjhhori

裏話1:服部四郎先生

テキストで紹介されていた服部四郎著『音声学』(岩波書店)は,まさに,日本における音声学のレベルを一気に引き上げた名著といえます.書かれたのが50年以上前ですから,確かに古い部分もありますが,1つ1つの音の観察方法と記述の精確さは,他に類をみない大きな価値があります.勿論,この本からいきなり読み始めることはお薦めしませんが,言語学を本格的にやろうと思う人は,必ず手に取って熟読すべき本で,一読ではなく,再読三読すればその内容が十分理解できると思います.

かくいう私は,言語学をやるには音声学が必要であろうという漠然とした気持ちから,学部の2年生の時に,この本を古本屋で買い求めて,読み始めました.当然,1回読んだだけではさっぱり分からず,2回3回と繰り返して読んでみましたが,それでも十分に理解できたとはいえるものではありませんでした.

この本の内容が少しでも理解できたと思えるようになった一番大きなきっかけは,著者の服部四郎先生の「一般音声学」の授業でしょう.新宿にある東京言語研究所というところが毎年「理論言語学講座」を開催しており,私は,学部の3年生の時に,服部先生ご担当の「一般音声学」を受講しました(今いうところの「ダブルスクール」みたいなものです.いや,ちょっと違うか).受講するための要件は,大学教養部程度ということでしたが,受講の可否を決めるための面接がありました.誰がその面接をやるのか知らないまま面接会場にいくと,その面接を先生自らおやりになるというのを知らされ,相当緊張しましたが,在籍する大学名とテキストを持っているかどうかをお聞きになった程度で,すぐ受講許可をいただき,とても嬉しかった記憶があります.

服部先生の「一般音声学」は,まさに厳密を極めたもので,受講生(4, 50人程度はいました)1人1人に発音をさせ,「舌が前だ,後ろだ,上だ,下だ」ととても細かくご指導なさっていました.当時すでに80歳を越えていらっしゃいましたが,耳はとても確かで,実に細かく発音を観察なさるお姿にとても驚きました.それだけ厳しい授業でしたので,脱落者も続出し,最終的には2, 30人程度までに減ってしまいました.

1年目の授業は専ら母音(!),2年目になって子音のうちの破裂音だけ(!),3年目でも結局子音は全部終わりませんでした.私は,3年目を最後にして,東京を離れてしまいましたので,その後どこまで進んだか分かりませんが,確かその後も2年ばかり続けられたものと思います.

服部先生曰く.「音声学ができないのは,耳がいいとか悪いの問題ではなく,要するに頭が悪いからだ」.すなわち,自分の習慣や癖に凝り固まっている人は,いくらやってもダメということなんですね.

尚,『音声学』(カセットテープ付)は,私が学生の頃は新刊本として,確か定価5900円(当時は消費税なし)で売られていました(私は,古書店で定価の2割引きぐらいで買ったと思います)が,すでに絶版となってしまい,古書店でたまに2万円近い値段で売られていることがあります(それでも最近は見かけなくなりましたね).こういう専門書は,「ある時に買う」,これが鉄則です.
by jjhhori | 2004-05-14 11:49 | 裏話