授業内容の補足・推薦図書の追加・言語学よもやま話など


by jjhhori

再び辞書について

前回,危機言語という視点から辞書について書きましたが,それを書いた後,みなさんは,辞書といえば,どのようなものを浮かべるのだろうということをふと思いました.いやいや,辞書がどういうものかはみなさんもご存じのはずですが,私がいいたいのは,例えば,「辞書を引きなさい」といわれた時に手にとるのは,本の辞書と電子辞書のどちらかということです.

私が学生の頃(註:「学生」といっても,私は10年間学生をやりましたので,その時間の幅は広いのですが.笑),当然のことながら,電子辞書などというものはなく,あるのは,紙の辞書だけでした.しかも,外国語の授業が毎日のようにあり,複数の辞書を持ち歩く必要がありましたので,どの学生も大きなかばんに何冊も辞書を詰め込んでいたものです.今は,こういう学生をみることはなくなりましたが,その原因の一つとして,電子辞書の普及があげられると思います.

電子辞書がいつ頃から一般的に使われるようになったのか,詳しいことは知りませんが,静大の学生に限って言うならば,電子辞書を逸早く使い出したのは,私の記憶では,留学生だったと思います.その当時の留学生が使っていた電子辞書は,おそらく今ほど多機能なものではなく,せいぜい一種類の辞書しか入っていないもので,収録される辞書が増えるに連れて,日本人学生でも使用する人が増えてきたのでしょう.実際,日本人学生の間に電子辞書が普及し出したのは,留学生よりも遅かったと記憶しています.

電子辞書というのは,ページをあっちこっちめくったりする必要もなく,たちどころに調べたい語が見つかりますので,時間を大幅に節約できる点で確かに便利です.実際,私も電車の中で本を読んでいる時に,どうしても調べたい語がある場合は,電子辞書を取り出して調べていますが,こういうことは,紙の辞書ならまず無理でしょう(いや,無理ではないけど,ちょっと面倒くさい).また,海外に行く時は,以前は無理をしてでも紙の辞書を持ち歩いていましたが,今なら,電子辞書がありますから,スーツケースの余った空間に別のものが詰め込めるという利点もあります.このように,時間や場所の節約になりますので,電子辞書というのは,まさに画期的な発明品です.また,電子辞書の普及により,ちょっとしたことでも,すぐ辞書で確かめるという習慣が学生の間にできあがったのも,電子辞書のおかげといっていいかもしれません.おそらく,私が赴任した頃に比べて,静大の学生が辞書で調べる頻度は上がっていると思います.

しかし,やはり,紙の辞書をずっと使ってきた,私のような古い人間には,この電子辞書なる代物,どうも今ひとつ馴染めません.何となく調べたという気がせず,その調べた語の意味がなかなか頭に入らないんですね(年のせいかもしれませんが.苦笑).それは,おそらく,小さい画面であの独特の字体をみることが苦痛だからなのでしょう.つまり,「辞書を引く」といっても,実際は,辞書を読んでいるわけであり,その読むという行為にとって,あの独特の文字がびっちりとつまった小さい画面というのは,適しません.これは,辞書をどのようなものと捉えているかという問題と絡んでくると思うのですが,私の場合,辞書は語を調べるための道具であるだけでなく,読む対象としてあるからこそ,電子辞書に対して抵抗感があるのではないかと思います.目標とする語の意味を調べている間に,ちょっとその隣の語も読んでみるというのは,実に楽しい作業であり,それがことばのもつ深遠な世界に入り込むひとつのきっかけとなると思うのですが,電子辞書では,そうしたきっかけは得られません.私の場合,じっくりと読書をする,あるいは,ものを書く際に使うのは,電子辞書ではなく,依然として紙の辞書の方です.

私が電子辞書に対する抵抗感を抱くもう一つの理由は,使っている辞書の新しい版が出た時などに即応できないという点です.勿論,紙の辞書でも,新しい版が出たら,買い換えなくてはならないわけですが,電子辞書の場合,収録されている複数の辞書のうち,どれかに新しい版が出た場合,その本体をそっくりまた買い換えなくてはなりません.まぁ,「辞書なんて,新しかろうが古かろうが,関係ない.私は,一生この辞書を使います」などという人には,何十年来の辞書をそのまま使えばいいわけですから,電子辞書が壊れるまで使い続ければいいでしょう.でも,やはり,ことばを生業とする者としては,自分の使っている辞書の新版が出たとあれば,どの部分が新しくなり,どこが書き加えられたのか,この目で確かめてみたいと思うものです.そういったことがすぐにできないという点で,電子辞書はやはり不便なものです.電子辞書が急速に普及しつつある今,紙の辞書がそれに反比例するように減少していくのではないかというのが目下のところ私の恐れるところです.

私が学生の頃,ある英語の先生は,「辞書を引くのが億劫になりだしたら,じいさん,ばあさんの始まりだ!」とよくおっしゃって,私たちの怠惰な態度をよく戒めていましたが,電子辞書を引くことすら面倒に感じるようになったら,それこそお終いということになるんでしょうね.普段,電子辞書を使っている人も,辞書のもつ(便利さではなく)面白さを十分に味わうために,偶には紙の辞書を引くことを強く奨めます.

追:しかし,そうはいっても,この前に書いた例のハイダ語辞書は,是非とも電子辞書で出してほしいものです(笑).
[PR]
by jjhhori | 2006-06-29 17:46 | ことば