授業内容の補足・推薦図書の追加・言語学よもやま話など


by jjhhori

方言学

方言学というのも,これまた深くて広い分野です.つまり,膨大な研究の歴史があり,その一方で,多くの方言が存在するという状況があるだけでなく,更に,古語との関係を探るために文献学的な研究にも入っていかなくてはならないところに,「深くて広い」といわれる所以があるといえます.

しかし,私がみる限り,日本の方言研究の多くがアクセントの解明に費やされ,1つの方言を体系的に,しかも,音韻や文法,語彙などを包括的に記述した研究となるとあまりないように感じます.実際,方言研究といえば,アクセントの研究か,その土地固有の語彙を探すことであるかのような誤解すらあるぐらいで,そのような誤解が生じる原因は,これまでの方言研究が局所限定的であったからではないかと思います.

また,どの方言も等しく研究されているかといえば,どうもそのようなわけではなく,かなり詳しく記述されている方言から,ほとんど情報がない方言まで,研究の濃淡の度合いは様々です.例えば,静岡県内の方言をみてみると,特定の方言を包括的に記述した研究はほとんどなく,静岡市内に限っていえば,山間部はともかく,市街地の方言は全く記述されていないのが現状です.日本に多くの方言研究者がいながら,1つの方言の体系的で包括的な記述がほとんどないというのは,実に意外なことです.様々な方言的特徴が失われつつあるのと並行して共通語化が進行している現状をつぶさに記述するのが急務の課題であるといってよいでしょう.

さて,テキストにあげられていた本以外に何か追加しようと思っても,方言関係の本はとても多いので,なかなか選ぶのが難しいのですが,まず,授業で紹介された柳田國男の方言周圏論に関連する本として,

 松本修『全国アホ・バカ分布考:はるかなる言葉の旅路』(新潮文庫,1996年)

をあげておきましょう.この本の著者は,方言研究の専門家ではなく,大阪の朝日放送のディレクターです.本書は,「探偵!ナイトスクープ」という番組で,この「アホ・バカ」の全国分布が取り上げられたのをきっかけに,番組の後も独自の調査を行なって,「アホ・バカ」の方言語形が周圏分布をなしていることを明らかにした労作です.文章や構成にもあきさせない工夫が施されており,500頁を超える厚い本ですが,とても楽しく読めます.

テキストで,方言研究と歴史言語学の補完的な関係が説かれていますが,それを見事に示したのが

 河野六郎『朝鮮方言学試攷-「鋏」語考』(東都書籍,1945年)

です.朝鮮語の「はさみ」を表わす語は,文献学的に古く遡れる数少ない語の1つで,その方言形の地理的分布をみることにより,その語の歴史的な変遷を辿ったのが本書です.勿論,今では絶版ですので原本を直接みることはできませんが,同じものが『河野六郎著作集1』(平凡社,1979年)<図書館にあり>に収められていますし,その一部が「『鋏』語考」という題で,柴田武・加藤正信・徳川宗賢(編)『日本の言語学 第6巻 方言』(大修館書店,1978年)<図書館にあり>に入っています.ひとつひとつの手がかりから古い語形が明らかにされていく様は,推理小説を読んでいるような面白さがあります.その面白さは,一部を収めた後者でも十分味わえると思います(但し,旧字体で書かれているため,難しく感じられるかもしれません).また,後者には,1970年代までの方言研究における代表的な論文が収められていますので,それらもついでに読んでみては如何でしょうか(柳田國男の「蝸牛考」の一部も入っています).

方言を実際に調査してみたいという人は,

 小林隆・篠崎晃一(編)『ガイドブック方言研究』(ひつじ書房,2003年)

を読むといいでしょう.ちなみに,今年度の「言語学各論Ⅱ」(3・4年生対象)のテキストです(来年度も引き続き使う予定).
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by jjhhori | 2004-06-16 10:58 | テキスト