授業内容の補足・推薦図書の追加・言語学よもやま話など


by jjhhori

文字論

文字もいろいろ考えてみると,多くの問題が浮かび上がってきて,興味が尽きないテーマです.逆説的ですが,文字を持たない言語を研究していると,文字の問題が余計に新鮮に感じられ,それゆえに,惹きつけてやまないものがあるといえます.

文字を発明したのが誰かは残念ながら分かりませんが,文字を作ろうとした人については,いろいろな伝記があり,その内容を窺い知ることができます(例えば,チェロキー語というアメリカ先住民の言語[イロコイ語族]にチェロキー文字を与えたシコウォイア[Sequoya,英語名George Guess 1770-1842]など).但し,ここでいうところの文字を作った人というのは,正確に言えば,文字をもたない言語を話す人が自分の言語を表わすために文字を与えたということであって,そういった人たちは,当然のことながら,文字の存在を知っていましたので,文字そのものを発明したとはいえません.

さて,上にあげたシコウォイアにしても,おそらく他の例にしても,共通していえるのは,まず,文字を作る出発点は象形文字であったところです.つまり,ひとつひとつの語に対して,その語が表わす事物の形を象った文字をあてていくという方法です.しかし,どの言語にしても語の数はとても多く,それらに別々の文字をあてていけば,たちまち文字の数も厖大になり,とても記憶できるものではなくなってしまいます.

文字を作った人は,その効率の悪さにある時気付き,もっと効率よく,自分たちの言語を表わす方法はないものかと考えを巡らし,そこで考え付いたのが語よりももっと数の限られた音節あるいは単音を取り出し,それらに文字をあてていくという方法です.つまり,ひとつひとつの語に文字をあてていく表語文字から,個々の音節あるいは単音に文字をあてていく表音文字へと転換することに思い至るわけで,その際に働く重要な原理が漢字の六書でいうところの仮借(かしゃ)です.仮借の原理の適用により,文字は,まず経済上の発展,すなわち,少ない数で多くのものを表わすという方向へ発展したといえます.

しかし,表音文字といえども,その究極の目的は,語を表わし,それを他の語と弁別するところにあります.例えば,テキストにもあげられたいたnightとknightは,表音文字という観点からいえば,その原理に適っていませんが,しかし,語を弁別するという観点からいえば,knightのkは,十分な機能を果たしているといえます.つまり,knightのkは,表音ではなく,表語の機能を果たす上で,重要な要素となっているわけです.このように,表音から表語へと機能上の発展をとげることにより,文字は一層固定化され,伝達の手段として十全な機能を具えるに至るといえるでしょう.尚,この際の表語は,文字の発展段階の初期の表語とはまた別の機能として考えるべきであることは言うまでもありません.

最後に関連・推薦図書を.テキストにあげられている河野六郎『文字論』(三省堂,1994年)は必読書ですので,文字について考えるにあたっては,まずそれを読まなくてはなりませんが,それに併せて,

河野六郎・西田龍雄『文字贔屓』(三省堂,1995年)

も読んでみるといいでしょう.これは,文字研究の碩学が文字について語り合った対談集です(一方がちょっとしゃべりすぎるという難点がありますが.苦笑).

また,漢字に絡む様々な問題を論じた,

橋本萬太郎・鈴木孝夫・山田尚男『漢字民族の決断 漢字の未来に向けて』(大修館書店,1987年)

もおすすめです(特に第一部の「十時間徹底鼎談」が面白いです).

文字創造については,

中野美代子『砂漠に埋もれた文字:パスパ文字のはなし』(ちくま学芸文庫,1994年[もと,塙書房,1971年])

をおすすめします.本書は,元朝時代に,パスパがどのように文字をつくったかを描いたものです.

それから,日本の文字研究の粋を集めたものとして,

河野六郎・千野栄一・西田龍雄(編著)『言語学大辞典 別巻 世界文字辞典』(三省堂,2001年)

をあげねばなりません.図版もたくさんあり,文字オタクにはたまらない1冊です.

尚,千野栄一『注文の多い言語学』(大修館書店,1986年)の中の「限りなく透明に近い“E青”<註:E偏に「青」の一文字>」と「もう一度文字について」も併せて読むといいでしょう.
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by jjhhori | 2004-07-15 15:29 | テキスト