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by jjhhori

裏話7:河野六郎先生

河野六郎先生については,テキストの「文字論」や「言語類型論」でお名前がでてきましたし,更には,後ろの「日本の言語学者 河野六郎」でも詳しい紹介がなされています.私自身は,残念ながら,河野先生に直接教わったこともなければ,お目にかかったこともありませんが,私が直接教わったテキストの著者だけでなく,大学院の時の指導教官も河野先生に相当影響を受けたそうですし,河野先生の著作集などを通じて,ご研究に触れる機会はありましたので,かねてより私淑している言語学者のおひとりです.

河野先生(1912~98)のご研究の出発点は,中国音韻学.すでに旧制一高在学中に,スウェーデンの中国語学者Bernhard Karlgren(1889~1978)のEtude sur la phonologie chinoise(『中国音韻学研究』)を読んで,深い感銘を受けたというほどの秀才だったそうです.東京帝国大学に提出した卒業論文「玉篇に現れたる反切の音韻的研究」は一個の完全な作品として,後に刊行された『河野六郎著作集2 中国音韻学論文集』(平凡社,1979年)にそっくりそのまま収録されています.

この河野先生の卒業論文については,ひとつのアネクドートがあります.河野先生は,戦前に京城帝国大学で教鞭をとっておられましたが,終戦直後の混乱で,先生は,著書『朝鮮方言学試攷-鋏語考-』(1945年)とお子様のおしめと哺乳瓶だけをもって帰国船に乗り込まれ,それ以外の蔵書はほとんど朝鮮に残したまま帰国されたそうです.その蔵書の中には,先生の卒業論文が入っていたのですが,そのような事情のために長年行方不明になっていたところ,ある時,ある著名な韓国人研究者が先生の卒業論文を釜山の古書店で発見し,後に河野先生に返還されたために,著作集に再録することができたわけです.

この卒業論文は,梁の顧野王撰の字書『玉篇』で用いられている反切(漢字の表音方法の1つ)から六朝時代の中国語の音韻を明らかにしようというもので,卒業論文のレベルをはるかに超える優れた作品です.これを20代そこそこの人が書いたとは,とても信じられないぐらいで,実際,ある有名な中国音韻学の研究者は,この卒業論文を評して「そんな若い時にどうしてこんなすごいものが書けたのか驚きだ」とおっしゃっていました.

先生の研究領域は,中国音韻学だけでなく,朝鮮漢字音,中期朝鮮語の文法体系の記述,更に,文字論,言語類型論にまで及んでいます.勿論,先生のご業績のすべてを読んだわけではありませんが,先生の論文の多くに共通していえることは,論理の道筋がはっきりしていること,また,難しいことばを使って飾り立てるのではなく,極めて平易なことばしか用いないこと,しかし,それでいて,格調高い文体で統一されている点です.まさに論文の手本といってもいいでしょう.河野先生は,啓蒙的なものにはあまりご関心がなく,そのために,素人向けの文章は少ないのですが,例えば,テキストの「文字論」で紹介されていた「文字の本質」は,とても論旨が明解で読みやすく,しかし,それでいて,かなりのレベルを備えた見事な論文ですし,「轉注考」(河野六郎『文字論』三省堂に再録)は,先生の該博な知識と実証的な考察がうまく調和したすばらしい論文といえます.また,皆さんもよく利用している『言語学大辞典 第6巻 術語編』(三省堂)の「言語」「言語学」「言語類型論」「単肢言語と両肢言語」「文字論」といった項目は,署名はありませんが,明らかに河野先生がお書きになったものです.それから,『言語学大辞典 第1巻』の「刊行の辞」は,これまでの言語学の歴史を俯瞰し,そのあるべき姿を示した名文中の名文といっても過言ではありません(これは,毎年,3・4年生向けの授業の初回に読んでいます).

河野先生は,ご研究の対象の中国語,朝鮮語はいうにおよばず,英語,ラテン語,ギリシア語,サンスクリット語,アラビア語,ドイツ語,フランス語などなど多くの言語がおできになったそうです.ちなみに,千野栄一『外国語上達法』(岩波新書)に出てくる,暑い夏にはエスキモー語,冬にはスワヒリ語を勉強なさる「R先生」というのは,河野先生のことのようです.

河野先生が語学を習得される目的は,読み書きができるようになるためというよりも,ご自身の言語研究の視野を広げられることにあったようです.しかし,それでも凡人のレベルをはるかに超えていたようで,ある時,エスキモー語の研究をしている私の指導教官が河野先生にエスキモー語について教えてほしいといわれ,参上したら,次から次へと本質的な質問が飛んできて,相当冷や汗をかいたとおっしゃっていました.それぞれの言語のクセを見抜く力がおありだったことを表わしていると思います.それだからこそ,『言語学大辞典』(三省堂)という20世紀の日本の言語学における最大の成果が出来たのでしょう.先生は寄せられた原稿をひとつひとつ丹念にお読みになっていて(その話を後で聞いて,私はそれこそ冷や汗がどーっと出ました),その蓄積の成果が「日本語の特質」(『言語学大辞典 第2巻』所収)となって現われたのであり,その点においてこの「日本語の特質」は巷の特質論とは比べものにならないほど優れているといえます.ちなみに,『言語学大辞典』の編修作業中は,ずっと三省堂に詰めておられ,お昼は決まっておそばだったと,編修担当者の方に伺ったことがあります.

河野先生は,その足跡からもまさに不世出の言語学者であったことは明らかで,また,弟子をとても大事になさる優れた人格者でもあったそうです.東京教育大学(現・筑波大学)で教鞭をとっておられた頃,「将来教師となる人たちに『可』をつけるわけにはいかない」とおっしゃって,言語学概論では,「可」をつけなかったそうです.そうしてみれば,ばんばん「可」を出している私なんぞは,人格者のかけらもない朴念仁ということでしょうか.まぁ,教師もいろいろ,言語学概論もいろいろ,成績もいろいろです(笑).
by jjhhori | 2004-07-21 17:30 | 裏話