授業内容の補足・推薦図書の追加・言語学よもやま話など


by jjhhori

カテゴリ:授業( 4 )

いい授業とは?

何年か前から,静大でも授業アンケートなるものが導入され,最近では,1つの授業の中で「中間」と「最終」と2回アンケートをとることになりました.私が学生だった頃は,授業の内容を評価するなどありえない話でしたが,学生にとっては,自分の意見をいう絶好の機会であり,また,それが授業の改善に繋がるのであれば,確かにいい制度だといえるでしょう.しかし,学生の意見に左右されるあまり,授業内容のレベルが落ちたら,それはそれで問題であり,私は,そこに今のアンケート至上主義に疑問を感じますが,それはさておき,そうしたアンケートをとるたびに思い出す授業が一つあります.

それは,学部生の時に受けたもので,中国音韻学に関する授業でした.中国音韻学というのは,7世紀の中国語の音韻体系を明らかにし,それをいわば祖語と見立てて,そこから現代の中国語(と諸方言)に至る音韻変化のプロセスを明らかにする分野ですが,私は,その授業を受けて,「いやぁ,これはすごい!」と,その奥の深さと幅の広さに毎回圧倒されたものでした.

しかし,その授業,実際に履修登録をしていた人はそれなりにいたと思いますが(おそらくそれでも20人はいっていないはず),実際の授業に出ている人は,5~6人程度,毎回ほぼ出ている人といったら,3人ぐらいという,ある意味,人気のない授業でした.たぶんそれは,内容が極めて高度であること,また,金曜日の5コマという,ほとんどの人がバイトに勤しむ時間帯であったからでしょう.しかも,担当の先生も熱く語るというわけでもなければ,冗談を連発して教室を沸かすというわけでもなく,事実をただ淡々とお話になる,要するに,眠気を誘発するすべての条件が整った授業だったわけです.

それでも,私は,この授業が面白く,毎回楽しみに出席し,授業中も寝ることなく,熱心に先生のお話を聞き,ノートをとっていました.私のいた大学は,いわば専門学校に毛の生えたようなところで,学問をじっくり味わうなどというそういう授業がなかったのですが,その授業は,そうした中にあって,学問への渇きを癒してくれる,まさに格別の存在だったのです.

内容は確かに難しく,実際,その授業に出ていた人たちの間でも大して評判はよくありませんでした.おそらく今流のアンケートをとったら,「難しい」だの「話が単調」だの,散々書かれるところでしょう.しかし,私には,先生のお話しぶりがどうだとかそういうことは一切問題ではなく,先生が説かれることによって,目の前の絡まった糸がほどけていくその様が実に爽快で,それを楽しみに毎回の授業に出ていました.極めて静かな雰囲気の授業でしたが,私は,ただ一人,興奮して授業を受けていたわけです(怪しい人ではありません,念のため).

その授業(通年)は,先生がお書きになった概説(ワープロ打ち)をテキストにして進められましたが,最後のレポートは,その100頁を超える概説を原稿用紙5枚程度(!)にまとめろというものでした.原稿用紙に換算すれば,300枚以上に及ぶものを5枚にまとめろというわけです.これには,難儀しました.が,レポートは,自分が熱心に講義を聴いたという証であり,それを先生に認めていただくには,へなちょこなレポートを書くわけにはいかないと思い,その概説を読み返してはレポートを書き,また,必要に応じて参考文献を読んではレポートを書くということを繰り返しました.レポートを書くのに文字通り呻吟したのは,後にも先にもこのレポートだけでした.それでも何とかレポートを出し,「優」をもらった時の嬉しさは,本当に格別なものがありました.

これには,まだ続きがあります.その先生とは,大学を卒業してからはお目にかかることがなかったのですが,私が静大に来てから2年目の時,その先生を集中講義でお呼びすることになりました.その時から5~6年ばかり経っていましたので,先生の方では,私のことなんぞおぼえていらっしゃらないかと思い,
  「あのー,昔,G大で先生のご講義に出ていたんですが・・・」
と申し上げると,
  「あー,あなた,ここにいたのですか.覚えていますよ.
   あの時のレポート,よく書けていましたねぇ,今でも大事にとっていますよ」
とおっしゃってくださったのです.正直恥ずかしい気もしましたが,その時,先生のご講義を熱心に聴いた証として書いたレポートが先生のお目に留まったことを知り,学生時代に「優」をいただいた時と同じ(かそれ以上の)感激を再度味わうことができました.

「話し方はどうか」とか「板書がどうか」とか「内容がどうか」とか,授業アンケートのそういう設問を見るたびに,私は,その先生の授業のことをよく思い出します.先生は,「韻がどうだ」とか「摂がどうだ」とか,まぁ,客観的にみれば面白くもおかしくもない話をただ楽しそうに,淡々とお話になるだけでしたが,そのお話しぶりから,先生がその分野を長年研究してこられたご経験とご学殖,それから学問に対する熱意や愛情を感じ取ることができました.「話し方がどうだ」とか「板書がどうだ」とか,そういう瑣末なことを超越したのがやはり本物であり,その味が分かるのは,おそらくその時ではなく,後々何年も経ってからではないでしょうか.その授業は,出席していた頃からそのすごさに毎回圧倒されたものですが,本当の意味でのすごさがうすうす分かってきたのは,卒業してから何年も経った後のことでした.

要するに,みなさんが卒業してから何年か経って,「あー,あの時のアレは,コレのことかぁ.よし,もう一度,言語学をやってみよう!」と思ってもらえるような授業というのが私の理想とするものです.そのためには,私自身が本物の味をかもし出すべく,研究に励まなくてはならないわけですが,その先生の境地に達するのは,あと何十年先か,否,永遠に無理なのかなぁと,期待半分,諦め半分が交じり合う,今日この頃です.いずれにしても,「社会に出たらすぐに役に立つ」という即物的・実用主義的な授業などはやなり偽者であって,そのような授業をするつもりは毛頭ありません(まぁ,時代遅れの考え方でしょうねぇ・・・).

尚,授業アンケートについて一言書きますと,時折,匿名であることをいいことに,ボロクソ書く人がいます.まぁ,当たっているものもありますが,人のことを貶めるような意見は,私は全て無視するようにしています.そういうことばかり気にしていたのでは,授業はできませんし,精神衛生上よろしくありません(勿論,聞く耳をもたないといっているわけではありませんよ).では,どのようなのが私に響くのか.答えは,簡単,おだてることです.そうすれば,極めて単純な精神構造しかもっていない私は,「よし,この調子で,次回も頑張ってやろう!」と思うこと間違いありません(まぁ,あらぬ方向に頑張りだしたら,みなさんには,迷惑でしょうねぇ・・・).「いい授業」というのは,本当に難しいものです.
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by jjhhori | 2007-06-09 21:23 | 授業

「演習」について

新年度になり,久々の更新です.この半年以上,全く更新をしなかったのは,忙しかったこともありますが,一番大きな理由は,ここで披露すべきネタがなかったからです.しかし,開店休業状態でありながら,ここを見てくださっている方は,結構いらっしゃるようです.この授業をとっている人ならまだしも,この「裏番組」へのリンクは,ちょっと分からないところにありますので,外部からここに辿り着くのはなかなか大変だと思いますが,それでも,思った以上の人がご覧になっているのは,ありがたいことです(実際には,検索用のロボットがアクセスしているのかもしれませんが.苦笑).今年度は,授業とはあまり関係のないネタも少し披瀝し,更新の頻度を上げていこうかと少し思っています.

さて,ここからが本題です.この授業は,その名の示すとおり「演習」です.2年生の人の中には,「演習とは何ぞや」と思っている人もいるでしょうから,ここでは,これまでの失敗した経験を交えつつ,私が理想とする演習について述べてみたいと思います.

「演習」という授業は,発表者とコメントをする人(教員も含む)を中心として進みます.しかし,実際には,発表者と私だけがしゃべり,他の人は,夢と現実の世界を行ったり来たりしているか,現実の世界に見切りをつけて(?),夢の世界にどっぷりつかってしまっているかのどちらかになることが多いようです.まぁ,そうして,私が常々言っているところの「座敷わらし状態」になっても,出席したことにはなりますので,下手に口を開いて突っ込まれるより,ぼーっとしている方が安全だという気持ち,私もよく分かります.私自身が学生時代に経験した演習の中には,十数人の学生がいながら,聞こえるのは,担当の先生の鼻息だけ,しかも,それが延々10分も20分も続き,発言しようにも緊張のあまり口がカラカラに乾いて,口が利けないというようなものがありました.そういった経験から,沈黙は長くて1分,鼻息は不必要に出さない(笑)ということを自分の授業では実践していますが,結局,沈黙を長引かせないように私がしゃべってしまいますので,「演習」としては,失敗ということになるわけです.

演習でコメントを求めるのは,正しい答えを期待しているのではなく,みなさんがテキストを読んで,どういうことを感じ,どのような意見を持っているのかを知りたいからです.それによって,みなさんがどの程度理解しているかを知ることになりますし,また,「なるほど,そういう考え方もあるのか!」と,逆にこちらが教えられることもあります.そもそも,「正しい答え」というのがあるわけではありませんから,みなさんには,感じたことを堂々と述べてほしいと思います.また,発表者に,あるいは,全員に対して,「自分はこのように考えるのだけど,みんなの考えはどうか」と質問するのでも結構ですし,自分なりに調べてきたことを紹介するというのも大歓迎です.

テキストを読んで,何かを感じる,あるいは,何かに対して意見をもつには,そこに書かれている内容を自分の持っている知識と関連付ける力,あるいは,その内容に思いをはせる想像力が必要です.「つまんねぇ」「自分には関係ない」と思ったら,そこでおしまい,先には進みません.研究をする上で,「自分に関係ない」といろいろなことを切り捨ててしまうのは,実に勿体ないことで,そういう態度では,いい研究などできるはずがありません.「想像力」というのは,研究の原動力ではないかと思います.

授業には,発表者をいじめるというのではなく(いじめるのは私の役目です.笑),発表者が見落とした部分などを補って,一緒に授業を盛り上げるという姿勢でぜひとも臨んでほしいと思います.「自分は聞く側」という消極的な態度ではなく,「俺/私にもしゃべらせろ」「みんなの意見を聞きたい」という気持ちですね.自分なりに楽しみを見出しながら,出席してください.演習は,教員と学生の連帯感がなくては成り立ち得ません.結局は,発表者と教員しかしゃべらないという「二人演習」にならないことを切に望んでいます.

と,ここまで読んで,「よし,黙れというまでしゃべってやろう」という気持ちになれば幸いです.いや,何もそこまで過激じゃなくて結構です(笑).私のこれまでの経験からいいますと,6月の半ば辺りから,梅雨時と相俟って,ミョーなまったりとした雰囲気が漂うものですが,そのまったり感を追い払うよう,みなさんに協力してもらいたいと思います.ついでに,こちらの「裏番組」もよろしくお願いします.授業の2・3日後に,授業で述べたこと,あるいは,言い洩らしたことを書く予定です.

尚,発表に関しては,この「裏番組」の「よい発表とは」(2004年5月7日と8日.左上の「カテゴリ」で「授業」を選択すると出てきます)をご覧ください(少し加筆しました).
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by jjhhori | 2006-04-27 09:46 | 授業

よい発表とは?<2>

どうも書き出すと,ダラダラしていけません.サクサクいきましょう.

レジュメの次は,発表の仕方ですが,これまでの経験から,人をイライラさせる発表とはどういうものかについて述べましょう.

1.レジュメのどこの説明をしているのか分からない.
これはレジュメの作り方が悪いこともあるのですが,重要と思われる情報をレジュメに書かず,滔々と口で説明するような人がいます.こうされると,聞く側は段々不安になってきます.聞く側は,レジュメを目で追うという作業と,発表者の説明を耳で聞くという作業を同時に行なわなくてはならないわけで,それら2つの作業の負担を軽減させるように,レジュメの作成や口頭での説明に工夫をしなくてはなりません.特にレジュメに書いていなくてテキストに書いてあることを参照する場合は,「どこそこをみろ」と適宜指示を出すようにしましょう.これができれば,聞き手も「この人,分かっているな」と思うものです(たぶん).

2.レジュメに書いてあることを読むだけ.
いっそのこと予めテープレコーダに録音しておいて,それを流せといいたくなるような発表.これも不可.こういう発表は,聞いている方にとって全然面白くありません.

3.声が一本調子.
これもきついです.発表原稿を作るのはいいのですが,それを読むのにあくせくしてしまって,早口で,しかも,一本調子で読み上げられると,聞き手は完全に置いていかれた気分になります.重要なところはゆっくり,そうでないところは聞き取れる程度に少し早くと,緩急織り交ぜながらやるといいと思います.まぁ,人前で発表するというのは緊張しますからねぇ,あまり厳しくいえません.でも,社会に出たら,「緊張してダメでした」なんていう甘えは通用しませんからね,今のうちにしっかり訓練しましょう.

発表にあたっては,必要であれば,黒板を使うなどして,なるべく聞き手に催眠術をかけない工夫をしてください.まぁ,私自身,念仏を唱えるような授業をしているので,人のことをいえたものではありませんが(苦笑).

勿論,他の授業ではまた違った目的の発表を求められることがありますし,ここに書いたこと以外にも工夫する点はいくらでもあります.どうか自分なりに工夫して発表に臨んでください.

いろいろゴチャゴチャ書きましたが,人前で話すのが苦手という人,不安に思わなくて大丈夫.評価の対象となるのは,どれぐらいレジュメに工夫を凝らしているか,どの程度内容を理解しているかの2点です.それから,レジュメの原稿を約束通りに提出しているかどうか,これも結構重要です.

とりあえず,こういったことを念頭において,前期を乗り切りましょう.授業を大いに盛り上げてください.楽しみにしています.
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by jjhhori | 2004-05-08 00:01 | 授業

よい発表とは?<1>

この授業では,学生による発表が中心となります.要するに,発表の善し悪しによって,授業の善し悪しが決まるといってもいいかもしれません(勿論,議論が盛り上がるように教員が努力することが必要なのはいうまでもありません).

では,よい発表とはどういうものでしょうか?

まず,第一にレジュメが工夫されていることが重要です.レジュメも授業によってその作り方が違ってくるわけですが,この授業の場合,レジュメに要求されるのは,テキストの内容のまとめと補足的な内容の追加の2つです.以下,そのそれぞれについてどういうことが重要なのかを述べましょう.

まず,テキストの内容をまとめるにあたり,前提となっているのは,その授業に出ている全員がテキストの該当個所を読んでいることです(読んでいなければ,授業に出ても全く意味はありません).つまり,レジュメでは,テキストの内容を逐一細かくまとめなくても,その筋道が分かるように,見出しをつけたり,要点を箇条書きにしたりしてまとめればいいわけです.端的にいえば,あとで本文を読まなくても,どういう内容だったかが分かる程度にまとめるということです.概して,テキストの文章をそのまま抜き出してダラダラ書いているような,全く工夫のみられないレジュメは,減点の対象となります.単なる要約ではないことに注意してください.

次に,補足的な内容の追加というのは,いわば自分の発表のウリとなるものです.テキストをまとめるぐらいなら,中学生でもできます.この授業で求められているのは,テキスト以外に自分で調べてきた内容を発表することです.

この場合,補足内容に関しては,他の学生は読んでいないわけですから,テキストの内容をまとめる場合と異なり,それなりに詳しいレジュメが必要となってきます.勿論,文章をそのまま抜き出してきただけのまとめ方は減点対象となります.ましてや,インターネットで調べてきた内容を無造作に貼り付けるというのは,大学生がやることではありません.その文献の当該箇所をしっかり読んで,内容を把握した上で,必要な情報が分かりやすく相手に伝わるように,例えば,箇条書きにしたり,適宜見出しをつけたり,文字の種類をかえたりなど,いろいろ工夫しなくてはなりません.どうすれば,それを見る人に分かってもらえるか,そういったことを想像しながら,是非ともレジュメを作ってほしいと思います.要するに,「気の利いたレジュメを作る」ということですね.

この続きは,「よい発表とは?<2>」で述べます.
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by jjhhori | 2004-05-07 23:29 | 授業