授業内容の補足・推薦図書の追加・言語学よもやま話など


by jjhhori

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9月某日,一通り本屋をまわって,そろそろ帰ろうかと思った矢先,平積みになっている新刊書の中に,徳永康元『ブダペスト日記』(新宿書房)を発見,中身や値段もみずにそのままレジにもっていきました.要するに衝動買いです.

徳永康元先生(1912~2003年)は,テキスト(といっても何だか懐かしい話になってしまいました)の著者の師匠で,ハンガリー語学・文学の研究者ですが,その専門の領域のみならず,かなりの蒐書家として令名を轟かせていた方です.ご自分が学長選挙の候補者になられていることもご存じなく,黒い風呂敷をもって神田の古本屋街を歩いておられたというエピソードが物語るほどに,古書と古本屋をこよなく愛されたそうです.先生の蒐書ぶりが如何にすごいかは,徳永先生による『ブダペストの古本屋』(恒文社,1982年),『ブダペスト回想』(同,1989年)をみれば,たちどころに分かります.

そもそも言語学の関係者には,古本屋好きが多いようです.私も国内外を問わず,旅先では地図を片手にまず古本屋を回りますし,そのような同好の士は,私の研究仲間の中にも数多くいます.専門書というのは,発行部数が少ないため,すぐさま品切れあるいは絶版になってしまうことが多く,必然的に古本屋を回ってそれらの文献を探さざるを得なくなります.本というのは,どうしても手元にもっておきたいもので,やむなくコピーをとるならともかく,図書館から借りて読んですますというのはどうも私自身は潔しとしません.

さて,本書には,山口昌男氏ややはり蒐書家として著名な東洋史学者の小林高四郎氏(1905~87年)などとの古書談義,ヨーロッパ旅行記や演劇・映画に関する随筆,ハンガリー留学時代(1939~42年)の思い出などが収められています.なかには,バルトークの祖国最後の演奏会を聴いたとか,ニジンスキーの娘と会って話をしたといったエピソードもちりばめられており,たとえハンガリーについてあまり知らなくても,本書を読めば,その時代と国にきっと思いを馳せることでしょう.

特に,本書の核は,先生の留学時代の日記抄です.先生は,国費留学生として1939年に日本を発ってハンガリーに留学をされていますが,本書には,その出発の時から長い船旅を経て,ハンガリーに至り,更に戦渦によってハンガリーを離れるまでの日記が収められています.日本を離れるにつれていやます望郷の念,婚約者(のちの祥子夫人)への純愛の情,ハンガリーに到着してまもなく受け取った父君の訃報,ハンガリーという異国の地での不安や焦燥感など,先生のお気持ちが飾りのない言葉で綴られ,ロマンチストとしての先生の一面がよく現われています.

当然のことながら,私は徳永先生に直接教わったことはありませんが,一度だけ,先生のご講演を伺ったことがあります(その時のテープがどこかにあるはず).その時すでに80歳におなりになっていましたが,髪が黒くてしかもふさふさしておられ,髪をみただけでは,真っ白なテキストの著者とどちらがお歳が上なのか分からないほどでした.ちなみに,徳永先生は,髪を染めているのかという質問に対し,「何本かに1本の割合で白髪を残すのは難しい」とおっしゃっていたそうです.その時の先生は,見た目だけでなく,動きも若々しくいらっしゃり,ポケットに両手を突っ込みながら,教壇の上をしきりに左右に歩いていらしたのをよく覚えています.

本書は,既刊の2冊とブダペスト3部作をなすものです.できれば,既刊2冊も併せて読むことをぜひおすすめします(但し,残念ながら,両者ともたしか絶版になっていると思います).更に,千野栄一『プラハの古本屋』(大修館書店),小林高四郎『古本随筆 漁書のすさび』(西田書店,これも絶版)も読むといいでしょう.これらの本を読んで,古本屋巡りに駆り立てられない人は,言語学をやる必要はありません(笑).
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by jjhhori | 2004-09-18 12:06 | 紹介